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IEAの楽観的なoil figuresは信じられるのか?

燃料電池を研究している方から、石油に関するコメントをいただきました。

超円高、ソブリンリスク、アメリカのデフレ懸念など、色々な問題が懸念されていますが、石油生産のピークアウト問題に比べれば、どうでもいい、ゴミのような問題です。

去年のガーディアン誌(2009年11月9日付け)に掲載されていた記事です。

"Many inside the organisation believe that maintaining oil supplies at even 90m to 95m barrels a day would be impossible but there are fears that panic could spread on the financial markets if the figures were brought down further. And the Americans fear the end of oil supremacy because it would threaten their power over access to oil resources," he added.

A second senior IEA source, who has now left but was also unwilling to give his name, said a key rule at the organisation was that it was "imperative not to anger the Americans" but the fact was that there was not as much oil in the world as had been admitted. "We have [already] entered the 'peak oil' zone. I think that the situation is really bad," he added.

http://www.guardian.co.uk/environment/2009/nov/09/peak-oil-international-energy-agencyより抜粋


IEAの石油生産予測は、イギリスを始めとする世界各国のエネルギー戦略の基礎となっています。石油問題に関しても、悲観論と楽観論があり、激しく対立していますが、IEAの予測は楽観的過ぎるというのが悲観論の主張でした。
上記の記事は、IEAの石油生産予測は、アメリカの圧力によってねじまげられていたという内部告白者の証言を紹介したものです。悲観論者からすれば、別に驚くべきことではないのかもしれませんが、石油を通じたアメリカの世界支配も曲がり角にきているのでしょうか?

個人投資家にできるのは、ガソリンや灯油価格、為替レートを定期的に目盛っておくことぐらいですが、それくらいで十分なのではないかと思います。素人が少し調べたぐらいで結論が分かれば、悲観論と楽観論の争いはすぐに決着がついているはずですので、日常的な基本的データを注視していきたいと考えています。長期的に同じことを考え続けていると、些細な出来事や変化を大きなヒントにできるかもしれません。
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Hindenburg Omenが再び発生

リーマン・ショックの大騒ぎから2年が経過しようとしています。災難の渦中にいるときは騒ぎ立てていた人も、災難が過ぎると徐々に、その時の恐怖や苦しさを忘れてしまうものです。

相互リンク先のうさみみさんのブログ(2008年10月08日付け記事)から引用させていただきますと、

-----以下、引用-----

●投資金額がうさみみ家にとって多すぎた
●大きな元本割れというのは初めて
この2つは間違いなく正しいと思います。

●投資とはそれらの感情も損失も含めての事
これも正しいと思います。

自分自身の感情をコントロールするのが投資だし、うさみみの場合はそれだけでなく、家族の感情もコントロールするのが投資です。


「新規投資を封印すること」の根底にあるものというのは、合理的理由ではなく、感情的理由から、これからの家族の生活にこれ以上影響を与えたくないという部分です。


-----引用終わり-----

結局、長期間にわたって投資を続けようとするのであれば、主観的なリスク許容度を超えないようにすることに尽きますが、実際に暴落を経験してみなければ自分のリスク許容度は分からないのが悩ましいところです。強気なことを言っていた投資家があっけなく退場したケースが多く見られましたが、次は自分の番かもしれないわけですので、油断は禁物です。

最近のAERAの記事で、荻原博子さんが、「投資禁止令」を出していました。それも一つの見識だと思います。仮に投資を続けるにしても、リーマン・ショックが再来したときに、自分や家族が平気でいられないだろうと考えるのであれば、予めリスク資産への投資割合を減らしておき、株価が暴落しても、暴騰しても、一喜一憂しないような状態にしておくのが懸命だと思います。

テクニカル指標に拘泥する必要はないですが、破綻が懸念されている国がギリシャ以外にもいくつかありますので、最悪の事態を予め想定しておき、対処方法を決めておくことは必要でしょう。

①現金の確保
②自己のリスク許容度の再確認
③金融機関の安全性
④ペイオフが発動されたときの払い戻し手続
⑤預金保護制度についての最新情報(特に、外国の銀行を利用している方)
⑥金融商品を換金して手元に戻すまでの手続きや所要時間

これらのことを比較的穏やかな状態のときに考えておくと、いざというときに慌てなくてすみます。危機が再来するのかどうか分かりませんが、1ドル50円時代の到来を予想する記事も出てきましたし(文藝春秋2010年10月号、浜矩子氏)、予断を許さない状況であることは間違いないでしょう。

ソブリンリスクについて

早期リタイア関連の記事が続き、海外投資の話から遠ざかっていました。もう既に2ヶ月近く前になっていまいましたが、週刊エコノミスト(毎日新聞社)の5/4・5/11合併号に、ソブリンリスク(国家の信用リスク)特集が組まれていました。嫁が職場の図書館から借りてきたAERAにも、ソブリンリスクの記事が掲載されていました。

週刊エコノミストの同号p.18によると、米国政府の借入金利が民間企業の借入金利より高くなったという記事があり、ブラックスワンが現れたと騒がれているそうです。ブラックスワンは、直訳すると、黒い白鳥ということなので、ありえないことのたとえだそうです。

2010年度に、政府の借金総額がGDPを超えるか、それに近づきつつある国が、日本を筆頭としていくつもあります。ギリシャ、ポルトガル、スペイン、イタリアの名前がよく挙げられていますが、高橋祥夫氏によると、むしろ、ソブリンリスクは先進国の問題であるそうです。日本とアメリカは、この問題ではおなじみの国になってしまいましたが、ヨーロッパでは、イギリスの財政危機が懸念されているようです(週刊エコノミスト同号p.32-33)。イギリスも、不動産の値上がりが凄かったので、その後遺症も大きいことは当然でしょうが、財政問題が取り沙汰されるほど追い込まれているのでしょうか?

G20でも、各国の財政赤字削減が課題として取り上げられ、日本を除いて借金削減に取り組むことで合意をみたようです。日本が除外されたのは、国債のほとんどを国内で引き受けているからだそうです。

経済成長面で見ても、先進国の寄与は非常に小さくなってきており、政府のstimulus package(景気刺激策)で、どうにか持ちこたえているというのが実情でしょう。

AERAには、「2012年、世界恐慌 ソブリンリスクの先を読む」(朝日新書)という本が紹介されていました。本当にそういう状態になるのか分かりませんが、財政出動で何とか凌いだだけで、サブプライム危機はまだ終わっていないと考えるのであれば、また、以前のような株価の急激な下落が起こる可能性があると考えるのは当然のことです。

木村剛氏は、「個人投資家は、病気や失職などの危機に対処することを資産運用の目的とすべき」という趣旨のことをおっしゃっていましたが、実際には、資産運用の失敗が危機になることが多いようです。危機管理という意味では、「ドルも、ユーロも、日本株式も全て下落し、且つ失職してしまったという状況」を想定しておくべきで、その際にどのように行動するかは、比較的状況が落ち着いているときに済ましておくべきことです。でも、「言うは易し、行うは難し」なのですね。

皆さんは、どのように対処される予定でしょうか?



車を売る 節約する その14 日帰り旅行を楽しむ

以前の記事でお知らせしましたように、車を手放し、自家用車に頼らない生活を始めました。その代わりに、平日に日帰り旅行を月に3回ほど楽しもうと思いつきました。旧国鉄の2万キロ全線乗車記で有名な故宮脇俊三氏の著作を最近、読み返し、旅行をしたいという気持ちが強くなりました。

犬を飼っているために、ここ数年は旅行をすることが難しくなっていましたが、よく考えると、自分の仕事はパソコンさえあればどこでもできるので、平日の日帰り旅行なら可能であることに気付きました。新幹線が発達しているので、日帰り旅行でも、相当遠くまで出かけることができます。旅行代金の原資は、車を使用しないことによって浮くお金です。一回の旅行で使うお金は1から2万円程度の予定なので、大した支出ではありません。

①いつでも止めることができるので、旅行代金は固定費ではない
②地方にお金を落とすことができる
③車での移動とは異なり、自分が移動してもCO2の排出はほとんど増えない
④公共交通機関を応援できる
⑤事故の心配が少ない
⑥渋滞がない
など、車にお金を費やし続けるよりメリットは多そうです。単に節約するだけの段階を過ぎた方の場合、お金をどのように使うかということも考えていかなければなりませんが、なるべく意味のある使い方を心がけていきたいものです。

日本は南北に長いので、東北方面への日帰り旅行によって、まだまだ桜を楽しむことができそうです。

一回目の旅行は、熱海・大島日帰り旅行を予定しています。

新宿→品川
品川→熱海(特急踊り子号)
熱海→大島(高速船)
大島観光
大島→調布飛行場(飛行機)
調布飛行場→武蔵境(バス)
武蔵境→新宿

このコースで日帰りができるのですから、日本の公共交通網は大したものだと思います。民主党の高速道路無料化案は色々な点で、時代に逆行し、鳩山イニシアティブ自体にも反するような印象をもっています。
 

生活防衛資金は「前向きの」目標を達成するためにある その2

相互リンク先の「貯金生活。投資生活。」の過去の記事、「収入の下落に合わせて生活水準を下げることができるか?」とそのコメントを読み直してみました。

どちらかというと、収入の下落に合わせて生活水準を下げることができずに、生活を破綻させる人の方が多いので、そういう人に対するアドバイスとしては、意味のある記事といえます。

しかし、収入の下落に合わせて生活水準を下げていくことができれば、それでよいのかというと、それも間違いだと思います。コメント中で、元町愛さんが指摘されているように、それは「できること」であって、「しなければならないこと」ではないはずです。(実際には、「できること」すらできない人が多いので、話が複雑になるわけですが、基本的には、収入の下落に合わせて生活水準を下げていくことは、「できること」です。)

そこで、単なるコストカットでなく、「攻め」の姿勢が必要となるわけですが、「攻め」の姿勢と言われても、それが何なのかよく分からないとmasaさんはおっしゃっています。「攻め」の姿勢を定義するために、masaさんの思考の特徴を端的に指摘させていただくと、「(職業能力に対する)自己不信ないしは自己否定が出発点となっており、全てがそこから演繹されている」ということです。

①自己の職業能力に対して自信が持てない
  ↓
②独立しても失敗するだけだろう
∴独立などということは考えるべきでない
  ↓しかし
③独立しなくても、給与カットや非自発的失業という事態は起こり得る
  ↓
④それをはねかえす実力が自分にない
  ↓従って
⑤収入の低下に合わせて生活レベルを下げられるようにしておくべきだ

①を肯定すれば、②から⑤は、ほぼ自動的に演繹される結論なので、masaさんの議論を否定するのであれば、出発点である①を否定することになるでしょう。出発点が間違っているということは、議論が根本的に間違っているということでもあります。

自己の職業能力に対して自信が持てないのであれば、自信が持てるように能力を向上させることが、元町愛さんのおっしゃる「しなければならないこと」です。

以上の考察によれば、「攻め」の姿勢とは、「労働市場・転職市場における自分のfair valueを意識して働き、自分自身のfair valueを上昇させることを常に忘れないこと」です。木村剛氏も、著作「投資戦略の発想法」において、「仮に職を失っても、現在の給与を下げずに今の仕事を続けることができるかどうかを常に自答し、即座にyesと答えられないのなら、yesと答えられるようになるまで自己の職業能力を高めろ」というような趣旨のことをおっしゃっていますが、同じ意味でしょう。

名目上の給与が低くても、自分のfair valueが低いとは限りませんし、その逆もあり得ます。ただし、自分のfair valueを低く見積もり続けていると、それが自分のfair valueになってしまい、その状態のリスクは、起業した者が負っているリスクとは違うものだとはいえるはずです。転職市場におけるvalueがゼロということは、餌を取る能力がないということであって、餌を取る能力があることを前提とした議論(独立すべきか、サラリーマンを続けるべきかという議論など)と混同べきではないと思います。

収入の下落に合わせて生活レベルを下げられるようにしておくべしという結論そのものには賛成ですが(結局、固定費を徹底的に削減しておくべしということです。)、議論の出発点そのものには賛成できないということです。






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