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書評-国家は、いらない:リバタリアニズムについて

「国家は、いらない」という書籍を紹介いたしましたが、著者の蔵研也氏は、リバタリアニズムの考え方を日本に広めようとしているそうです。

リバタリアニズムにも色々なレベルがあるそうですが、基本的なスタンスは、政府による個人の自由の侵害を極小化すべきという考え方といえるでしょう。

リバタリアニズムの考え方をそのまま実現できるかどうかは疑問ですが、おそらく、そこまで徹底して政府の行為に対して批判的にならなければ真実は見えてこないというのが本当のところでしょう。

国家というのは公益性を追求するために設立された団体です。そして、憲法上、国家権力を司る公務員は「全体の奉仕者」として、国会議員は「全国民の代表者」として位置づけられています。裏を返せば、憲法上そのような位置付けがなされているということは、放っておけば公務員は「一部の奉仕者」になり、国会議員は「一部の代表者」になるということを示唆していますし、現にそうなっています。

国民が公益をきちんと考えて行動するのであれば、わざわざ国家という団体を設立する必要が少なくなるはずですので、基本的に、国民は公益を考えて行動しないということです。結局のところ、その国民が国家を運営していかざるを得ないわけですから、国家という団体は、根本的な矛盾を抱えているといえます。

(続く)
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