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Critical thinking その11

「学校教育における奉仕活動の必修化」の是非について検討しています。

前回までの検討でたどり着いた結論:国家が、教育の一環として、奉仕活動を強制することは法的に許容されない。

「国家」が奉仕活動を強制することは法的に許容されないという結論なので、「親」が奉仕活動を強制する法的に禁止されない。

つまり、本来、「親」が行うべきことを「国家」が行わなければならないというねじれをどのようにして解消すべきかという点が問題の根本である。従って、「強制すべきか」、あるいは「あくまで自主性に任せるか」という議論(=いわゆる識者と呼ばれる人々の議論)は問題の本質からかなりずれた議論である。

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論理的な考察を通じて問題の本質が明らかになれば、解決方法を考え出すことは容易です。逆に、問題の本質を明らかにせずに枝葉末節にこだわっていると、イデオロギー論争にはまり込んでしまいます。

結論:奉仕活動の内容の決定権限は親に留保し、学校は親の決定に従って教育を行えばよい。

つまり、国家機関において、立法権と行政権が分離されているように、立法権(法律の制定)は親に、行政権(法律の執行)は学校に任せれば合憲性は確保されると考えられます。

元来、親や祖父母が休日などに子供と一緒に奉仕活動をさせるのが原則なわけであり、その意味で、奉仕活動は家庭教育の一環として行うべきものです。しかし、社会の変化によって(祖父母と同居しているケースが少なくなっているなど)、家庭教育の一環として行うことが難しくなっているために、公教育の一環として行わざるを得なくなってきているわけです。他方で、公教育の一環として行う場合には、どうしても「国民の無償での徴用」という側面が入ってきてしまいます。この側面を打ち消すために、奉仕活動の内容や奉仕活動への参加を決定する権限はあくまでも教育委員会ではなく、親だけが持っていることを明確にしておけばよいと考えます。

以上の考察をまとめると、

①犯罪や非行の処罰としての奉仕活動
→「犯罪に因る処罰の場合」には「意に反する苦役」を強制できるので、これは合憲。暴走族の取り締まりなどには多額の税金がつぎ込まれているので、その額に相当する無償奉仕活動をさせるのは当然。①は積極的に活用すべき。

②学校教育の一環としての奉仕活動
→親が奉仕活動の内容を決定する権限を専有することによって合憲性が担保される。この点を明確にするのであれば、法的許容性は確保される。

③単なる義務としての奉仕活動
→これは違憲(憲法18条違反)

法的許容性が確保されたので、政策としての有効性について検討を続けます。

(続く)





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