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憲法に追加したい条文 その4-2

主権者教育を受ける義務について検討しています。

では、「主権者とは何か?」ということですが、一国の政治的意思決定をする最終決定権者といえます。昔で言えば、王様が主権者に当ります。民主主義というのは、結局のところ、王様の地位を一人に独占させずに国民全員に共有させる政治形態といえます。

歴史的な流れで見てみると、
①封建主義
  ↓
②直接民主主義
  ↓
③間接民主主義
となります。

①では、特定の少数者が主権者であり、しかも、それが血統的に固定されていたわけですが、②及び③では、主権者としての地位が全国民に解放されています。

②では、全国民が主権者として、実際に国政上の意思決定に関与することが認められており、且つ期待されているわけですが、実際問題として、全ての国民に、国政上の適切な意思決定をする能力や時間があるはずがないですので、②はすぐに行き詰まりを見せました。余談ですが、裁判員制度というのは、②の制度であり、歴史的に見るとかなり古い民主制なので、国民が違和感を覚え、反対意見が多数になるのは当然のことです。

③では、全国民を主権者としつつも、実際に国政上の意思決定に関与することは認めていません。ここでは、国民の政治上の意思決定権は、適切な意思決定をしてくれそうな政治家を選ぶ選挙権に変容しています。現代では、国政上の意思決定は非常に複雑なものとなっていますので、国政上の意思決定権を国民から剥奪して、これを選挙権に変容させることは必要不可欠です。但し、間接民主制にも欠点があります。国政上の意思決定権を国民から剥奪することにより、国民の主権者としての地位は形骸化する可能性が危惧され、多かれ少なかれ、どこの国でも、この危惧は現実化しています。

そこで、やはり国政上の意思決定権を国民に与えるべきなのではないかという意見が出てくるわけですが、裁判員制度もそのような文脈で捉えることができます。しかし、繰り返しになりますが、直接民主制の採用というのは、歴史的に見ると、民主制が退化する方向性をもった政策ですので、やはり望ましくありません。

民主制が進化する方向で新たな制度の導入を演繹的に考えるとすれば、選挙権だけでなく、国政監督権を国民に付与する民主制といえるでしょう。国政上の意思決定権ではなく、国政上の監督権を与えるところが味噌です。これにより、②に戻らずに、③の弱点を克服することが可能となります。また、事実上の問題としても、国政上の監督権を強化することは、税金の使い方が無茶苦茶な現状の日本においては非常に重要なことです。

まとめますと、
①封建主義
  ↓
②直接民主主義
  ↓
③国民に国政監督権がない間接民主主義
  ↓
④国民に国政監督権がある間接民主主義
となります。

(続く)
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