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政府資産があるから財政危機ではないのか その4

このところ国民の関心が薄らいだ感がある財政危機について検討しています。

最近になって、ようやく国のバランスシートが作成されました。「バランスシートによると、政府には負債も多いが、資産も少なからずある。この資産を無視して、負債のみを取り上げて財政危機を喧伝することは妥当でなく、資産を有効活用していけば、財政危機を乗り切れるのではないか」という考え方が出ています。

しかし、これまでに行われた公共事業でのお金の使い方を見ると、そもそも、有効活用するだけの資産があるのかどうか疑問です。

経済学者の小島寛之氏によると、「・・・ここまでに記述されているのは、国民から政府に[税金]分の貨幣が流れ、そして、戻ってきたことだけである。ここには、それと同額の「価値」が生産された保証は全くない。なぜなら、私企業部門では、さきほど太字で書いたように、財と貨幣の交換が起きているからいいのだが、政府部門では政府の生産物の国民による貨幣での買い戻しは生じていない。したがって、政府の生産物が、政府の支払った報酬通りの価値のあるものであることの保証はこのモデルには存在しないのである。」(小島寛之の「環境と経済と幸福の関係」第10回乗数効果なんて、幻なんだってば!

私企業部門では、貨幣を支出した際には、それに見合う財やサービスを受け取っているはずです。もちろん、個々的に見ると、それに見合ったサービスや財を受け取っていないことはあり得ますが、全体として、貨幣を支出した際には、それに見合う財やサービスを受け取っていなければ、企業や家庭は早晩破綻してしまいます。

しかし、政府部門では、もともと、貨幣を支出した際に、政府がそれに見合う財やサービスを受け取っている保証はないはずです。このことは、全く無駄な公共財が多数建設された例を考えれば分かります。従って、小島氏がおっしゃるように、「政府部門では政府の生産物の国民による貨幣での買い戻しは生じていない。したがって、政府の生産物が、政府の支払った報酬通りの価値のあるものであることの保証はこのモデルには存在しない。」わけです。

(続く)
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コメント

リンク先が読めなくなっているので乗数効果をどのように否定しているのか分からないのですが、最近読んだ廣宮孝信「国債を刷れ!」では具体的な統計データを元に乗数効果を肯定していました。この本の著者は、財政赤字のまま政府支出を増やして財政を健全化させた例としてイタリア、逆に財政赤字への対処として政府支出を減らして財政を悪化させた例として日本をあげていました。

えんどうさん

コメントありがとうございます。

一部を引用させていただきますと、
----------------------------
私企業部門では、さきほど太字で書いたように、財と貨幣の交換が起きているからいいのだが、政府部門では政府の生産物の国民による貨幣での買い戻しは生じていない。したがって、政府の生産物が、政府の支払った報酬通りの価値のあるものであることの保証はこのモデルには存在しないのである。さきほどの例のような「役所に出向くという労働」程度のものなら、その生産物の追加する価値はゼロとしていいだろう。このとき、国民所得も総生産も増加量はゼロであり、乗数効果など幻にすぎないのである。

このように、政府が公共事業を行う場合は、総生産に加わる価値はその公共事業が追加した価値ただそれだけであり、ほかはびた一文ない。しかも、それは(私的部門の財とは異なり)家計の所有物ではないから、実際的な所得に算入すべきではないだろう。国民の所得は一切増えず、増加しているのは公共部門の作った公共物のモノとしての価値(これは私人のものではない)だけなのである。

誤解されている乗数理論のように、無意味な公共事業でも所得増加が生じるなら財政政策の意義もあるというものだが、そうでないとわかった今問われなければならないのは、公的部門が私的部門よりも「国民が欲する財」を生産できる根拠は何なのか、ということだろう。

もちろんここで、ぼくは、公共の仕事をすべて否定するつもりは毛頭ない。公共でなければできないような(基本的人権にかかわるような、あるいは集合的な)特有の仕事は当然あるに決まってる。けれども、「景気対策」としての財政政策の価値は、いまや完全に否定されてしまったといっても過言ではないだろう。だって、乗数効果なんか幻にすぎないんだから。
--------------------------(引用終わり)

相互リンク先のとよぴ~さんも推薦されている「不況のメカニズム」の著者である小野先生の論文が基になっているようです。同著には、「均衡財政乗数は1である」という定理も嘘である(嘘というと言い過ぎかもしれませんが)というような記述があります。さらに、国民経済計算も嘘である(嘘というと言い過ぎかもしれませんが)というような記述があります。

議論のポイントは、国民所得=消費+投資+政府支出という計算式で、民間の支出である消費や投資と公共支出である政府支出とを同列に並べているのは間違いだというところにあると思います。

上記リンクは、「乗数効果」、「幻なんだってば」をキーワードとして検索すれば、今でも読むことができます。

引用ありがとうございます。乗数効果が嘘だとすると、政府支出を増やして財政を健全化させたイタリアをどう説明するのか興味あります。テレビドラマ「ハゲタカ」に「人生の悲劇は二つしかない。一つは金のない悲劇。そしてもう一つは、金のある悲劇」という台詞がありましたが、前掲書の著者によれば、日本は「金があるのに、ないと思い込む悲劇」だそうです。

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