数ヶ月前に本ブログでご紹介した「不況のメカニズム」(小野善康著、中公新書)に関する書評を、相互リンク先のとよぴ〜さんがAmazonに書いておられます。
その中で、「生産性向上の効率化ではなく需要創出のための効率化が重要」と指摘されていますが、一時メディアで頻繁に取り上げられていた「構造改革」か「財政出動」かという命題は、結局のところ、供給サイドの効率化が必要なのか?それとも、需要サイドの効率化が必要なのか?という問題といえます。
多くの国民は、「構造改革」か「財政出動」かという命題の本質を理解できないので、やはり、本質を理解できるように噛み砕いて説明するのはマスコミの役割でしょう。
「構造改革」か「財政出動」かという命題ですが、両者の共通点は効率化のはずです。しかし、都会派ネズミは供給側の改革と称して、自分たちに都合の悪い規制をなくそうとしていただけですし、田舎派ネズミは需要の下支えが必要と称して、相変わらず意味もない建築物を造ろうとしました。結局、新聞などで展開されていた構造改革賛成派と財政出動賛成派の議論は、相手の動機の不純さをつつくだけで、「効率化」という視点が抜け落ちていたように感じます。
少し長くなりますが、引用しますと、「実際、ほとんどの学部レベルのマクロ経済学の教科書には、いまだに乗数効果がケインズ理論の中心として解説されている。また、大学院では、それに対して論理的整合性がないと批判し、それを理由に需要不足の可能性まで否定している。そのため構造改革派によって、財政政策そのものの意義が、単に消費への波及効果は働かないということ以上に過小評価され、公共事業は常に民間基準で行うべきという誤った主張がなされることになった」(p.76より)
まさに、とよぴ〜さんが書評でおっしゃっている「この本では自分なりに常識としていつの間にか覚えてきたものがガラガラと崩れ落ちた」という感覚を抱きます。
供給サイドの効率化は分かりやすいのですが、需要サイドの効率化という考え方は分かりにくいので、本来なら、財政出動を主張する政治家はその辺りを国民に説明すべきでしょう。説明するだけの頭があればの話ですが。
「構造改革」vs.「財政出動」という問題は国家レベルでの効率化という大きな問題であること、そして、その大きな問題が都会ネズミと田舎ネズミの利権争いという図式に置き換わっていることをマスコミは分かりやすく指摘すべきでした。
今回の定額給付金問題ははじめからこの本とリンクさせて考えていました
どんだけカネをばら撒いても消費関数が低い(貯蓄関数が高い)現状では効果が薄いだろうなぁ・・・と
それなら2兆円分は消費した人だけが確実に得(?)をする一時的な消費税の引き下げでもしたほうがマシなんじゃないかな・・・とか
政治家レベルとメディアのレベルも問われそうですけれど(笑)
どんなプランを掲げても欠点を見つけてはそればかりを連呼するんでは能がないもんです
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