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正社員の地位は既得権益なのか? その2

「正社員というのは、いわば既得権益なのではないか?」というmasaさんの問いかけについて検討しています。この問いかけは、「本当に実力があって正社員というポジションにいる人というのは果たしてどのくらいいるのだろう?」と言い換えると、より具体的な問いになります。

派遣労働自己責任説は、企業が派遣社員を採用するのは経済合理性を追求した結果なので、法律で派遣労働に過度の保護を与えるのは資本主義に反するというような考え方です。ここから資本主義の是非やあるべき資本主義の姿について論じると、議論が紛糾することが多いので、この点についてはここでは言及しません。しかし、派遣労働自己責任説が意図的に議論を回避している論点があると思います。それが、「本当に実力があって正社員というポジションにいる人というのは果たしてどのくらいいるのだろう?」という問いです。企業が派遣社員を採用するのは経済合理性を追求した結果であり、それを理由として、派遣社員の存在が肯定されるのだとすると、企業が解雇困難な正社員を採用するのも経済合理性を追求した結果であるのか検討する必要があります。派遣社員の存在が経済合理性の観点から許されるのだという理屈からすると、正社員の存在が許容されるかどうかについても、経済合理性の観点から正当化されるかという視点で考察すべきでしょう。

しかし、正社員の存在が経済合理性の観点から正当化されるのであれば、労基法による解雇制限は不要ということになるはずです。企業は優秀な人材を囲い込むために、法律に定められているかどうかとは無関係に、優秀な人材とは解雇制限付きの労働契約を締結することになるからです。

とすると、派遣労働自己責任説は、「労基法による解雇制限は不要であり、解雇制限付きの労働契約を締結するかどうかについても市場原理に委ねるべきだ」という主張(主張A)といえます。派遣労働自己責任説=主張Aであるとすれば、派遣労働自己責任説は、その呼称とは裏腹に、派遣労働者のみならず、正社員も含めた労働者全体に関する問題であるということになります。「派遣労働自己責任説は、労働者全体に関する問題であるにも関わらず、派遣労働者のみの自己責任に矮小化している」というのがmasaさんの主張といえます。この主張に対して、派遣労働者は自己責任だという主張が反論にならないのは明らかです。

「本当に実力があって正社員というポジションにいる人というのは果たしてどのくらいいるのだろう?」という問いについて検討していきます。

(続く)
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コメント

解雇権の制限は最高裁の判例を立法化したものですが、経済学者からは昔からかなり評判が悪かったですね。
いわく、経済原理を何も知らないアホな法律家が考えた悪法だと。
派遣切りが社会問題になる前は、既存の従業員を過剰に保護することによって新規従業員の就業を困難にする点が問題視されていました。

個人的には解雇権を制限などすべきではない(正社員に特権を与えるべきではない)と思います。

ただし、国民の多数が正社員または正社員にその生活を依存している者である以上、解雇の制限を緩和せよとの主張をできるマスコミも政治家もいないでしょうね。
一種のタブーになっているのではないでしょうか。

法律が弱者保護を目的とする方向に動くのは分かりますが、経済原理から余りに外れた規制は社会を歪めますね。

従業員の過剰保護を緩和する方向は正しいと思いますが、既存の正規雇用者には解雇権制限が依然として存在し、非正規雇用と正規雇用が混在しているので、話がややこしくなっています。

解雇が妥当かどうかという問題は、本来、裁判官が判断できる問題ではないように思います。それなのに、判例が立法化されるという方向性そのものが間違っているように感じます。

上でコメントした者です。

現在正社員の地位にある人も、解雇権の制限に保護されてはいる面と、それに生き方を制約されている面があります。

というのも、正社員は、現在勤めている会社に関してはよほどのことが無い限り首を切られないとしても、勤めている会社を辞めて転職先を探そうとした場合には、解雇権の制限が転職活動のハードルを確実に上げてしまっているからです。

個人としてみれば、運良く正社員になれたとしても、同じ会社に勤め続けることをある程度強要され、社会全体として見ても雇用の流動性に欠けた社会になっている。

単純化しすぎている面はあるとしても、これが法律が解雇権を制限したことの帰結です。

勝ち逃げ世代・就職氷河期世代といった世代間格差の発生に解雇権制限が寄与した部分もあると思いますし、現在的な問題としては、ここで議論されている正社員と非正規従業員の格差などは、明らかに解雇権制限の負の遺産でしょう。

連投になりすみません。

自由な経済活動を法律で制限すると、ほとんどの場合結局ろくなことにならない、というのが個人的な見解です。

弱者保護というお題目は確かに立派でも(ただし、今日的には正社員は弱者ではありませんが)、結局ほかの弱者にしわ寄せが来るだけです。

(その他、賃借人の保護に傾きすぎている借地借家法も、同じ問題を抱えていると思っています。法が既存借家人の保護に傾きすぎた結果、新たに借家をする人の負担コストは増大しましたし、また、家族向け借家市場が未発達なのも、借地借家法にその原因の一つを求めることができるように思います。庶民が過大なローンを背負ってマンションを買うようになったのも、法律のもたらした悪しき結果といえるかもしれません。)

解雇権を制限するといった政策ではなく、解雇された場合のセーフティネットを整備するといった政策の方が、不合理な不公平を生まず、望ましいのではないでしょうか。

しかし、いったん社会のマジョリティに与えてしまった特権は、それがいかに経済的にみて不合理なものであったとしても、元に戻すことは困難です。

本日の午後に非正規雇用の問題について議論する番組がありましたが、(賢明にも)正社員の特権に踏み込む発言はありませんでした。

ただし、出井氏が唯一「今後正社員も含めて会社との関係を考えるべき。一旦、全員派遣的な働き方になることも考えられるのでは。」といった発言を(問題視されない文脈で)していたのは、流石という気がしました。

コメントありがとうございます。

というのも、正社員は、現在勤めている会社に関してはよほどのことが無い限り首を切られないとしても、勤めている会社を辞めて転職先を探そうとした場合には、解雇権の制限が転職活動のハードルを確実に上げてしまっているからです。個人としてみれば、運良く正社員になれたとしても、同じ会社に勤め続けることをある程度強要され、社会全体として見ても雇用の流動性に欠けた社会になっている。単純化しすぎている面はあるとしても、これが法律が解雇権を制限したことの帰結です。
→おっしゃるとおりだと思います。解雇権制限の帰結として、とりわけ不景気のときに解雇されると、正社員になることが非常に難しくなっています。中高年だと絶望的に困難といえるかもしれません。

解雇権制限というのは、本来、「使用者が強大な権限を乱用して、恣意的な解雇を防ぐ」という程度の意味に解釈すべきなのでしょうが、解雇すること=悪=解雇は駄目という意味に曲解されているようです。

一旦、デフレの悪影響が特定の世代や集団に押し付けられるのは不公正なので、「全員派遣的な働き方になることも考えられる」というのは正論だと思いますが、このような意見は表に出にくいようです。

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