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「学校の勉強なんか役に立つの?」という質問について

「学校の勉強なんか役に立つのか?」という質問を子供から受けることがあります。確かに、社会に出てから、仕事で素因数分解をした人や二次方程式を解いたことがある人の数は、そうでない人の数より圧倒的に少ないでしょう。そうすると、「学校の勉強なんか役に立つのか?」という質問の答えは、「あまり役に立たない」ということになるそうですが、これだと、子供との議論に負けてしまいます。

「学校の勉強なんか役に立つのか?」という質問に対する答えとして、ネット上で見つけ、私が最も気に入ったのは、「社会では役に立たない。レベルが低すぎるから。」というものです。つまり、学校の勉強程度についていけないようでは、社会に出てからが思いやられるということです。これなら、子供との議論に負けずにすみます。

学校の勉強は直接役に立たないかもしれないが、社会に出て、活躍しようと思うのであれば、学校の勉強程度の知識では全く足りないので、最低限、学校の勉強程度の知識は身につける努力はすべきだと思います。「学校の勉強なんか役に立つのか?」と質問されて、「役に立たないからしなくてもいい」という物分りのいい答えをするのは、親としてどうかと思うわけです。

dolphinさんから、経済指標に一喜一憂する様は大衆心理学そのものだという趣旨のコメントをいただきましたが、学校の勉強を馬鹿していると、どうしても、「経済指標に一喜一憂する側」に入ってしまう確率が高くなるはずです。これまでは、サラリーマンは会社に、会社は銀行に、銀行は政治家に、政治家は官僚に、官僚はアメリカにという依存の連鎖があったわけですが、アメリカという大元が壊れかけているので、この依存の連鎖が長くないことは明白だと思われます。依存の連鎖が壊れれば、自分の頭で考えるしかないわけですが、基礎がすかすかだと、結局、妙な指南本に頼らざるを得なくなるのでしょう。
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