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「贅沢」について考える その1

新潟県の村上市というところに行ってきました。雛人形と鮭の町です。町家と呼ばれる旧家が、江戸時代からその家に伝わる雛人形を観光客のために開放してくれています。東京からだと日帰りも可能なので、春休みの旅行先に悩んでおられる方にお勧めです。

相互リンク先のmasaさんのブログでも、うさみみさんの記事を基にして、「経済的危機に陥っても、支出が減らせない人たち」という記事が掲載されています。

経済的危機に陥っても、支出が減らせず、家計が破綻するということは、分不相応な生活をしているということで、結局、贅沢しすぎだということです。

ところで、「贅沢」という言葉の反対語は何なのでしょうか?すぐには分からなかったので、反対語辞典を見てみると、「質素」だそうです。ちなみに、「贅沢」という言葉の国語的意味は、「必要以上に金や物を使うこと。分に過ぎたおごり。必要な限度をこえていること。 」だそうです。

確かに、「贅沢」=「必要以上に金や物を使うこと」と定義すれば、その反対語は「質素」ということになりそうです。しかし、「必要以上に」という際の基準は、各人について一定ではないはずです。何故なら、基準が各人について一定ならば、皆が同じ生活レベルを強要されることになりかねないからです。もちろん、そうすべきだという考え方もありえますが、それは共産主義的な考え方のように思います。

従って、より正確に、より資本主義的に定義するならば、「贅沢」=「自分が生み出した価値又は将来確実に生み出すと予想される価値以上に、他人が生み出した価値を消費すること」ということになります。この定義であれば、「必要以上に」という際の基準は、各人ごとによって決定される相対的なものになります。自分が大量の価値を生み出している人が、生活レベルを上げたとしても、それはこの定義にいう「贅沢」には当たらず、逆に、大した価値を生み出していない人が、普通の生活を指向して破綻した場合、この定義にいう「贅沢」に該当します。

タイプに分けると、
・タイプA=自らが生み出す価値より多くの価値を消費する 
・タイプB=自らが生み出す価値より少ない価値を消費する
・タイプC=自らが生み出す価値と消費する価値が等しい

究極的には、もちろん、タイプCが望ましいのでしょうが、人はどちらかに偏りがちなようです。一ついえることは、タイプCの人がタイプBの人を批判することは許されても、タイプAの人がタイプBの人を批判することは許されないはずだということです。

マクロ経済学的にも興味深い話題なので、検討を続けます。

記事を書くきっかけを作ってくださったうさみみさんに感謝します。

(続く)

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