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平均という名の呪縛 その2

普通の生活をしているつもりなのに、生活が破綻しかけている友人のことがうさみみさんのブログに掲載されていました。masaさんのブログでも、うさみみさんのブログに言及されていました。

masaさんも指摘されていますけれども、重要なことは、「今後、うさみみさんの友人のようなケースが増えるだろう」ということです。そういえば、電車の広告も債務整理関連の広告が増えているような気がします。

少し前の本になりますが、需要主体としての人の重要性について検討した「過疎列島」の孤独(額賀信著、時事通信社)という本に、以下のような記述があります。

(以下、p.98-102より、抜粋引用)


------------------------------------
第4章 人口減少が迫る経済変革
1.人口減少が壊す横並び社会

(中略)

五%成長時代には合理的だった横並び行動

(中略)

五%成長経済社会で活動する企業や個人の所得は、多かれ少なかれ伸びていたのだから、その間、勝ち組と負け組の差異はあっても、その差はあくまでも程度の差であって質の差ではない。そのような恵まれた所得環境が、五%成長経済のものでは実現していた。

(中略)

これに対しゼロ成長経済ではどうか。・・・ゼロ成長社会では・・・マイナス成長の領域に、半分の確率で企業・個人が分布している。・・・ゼロ成長経済では、負け組が続くと高い確率で倒産、個人破産の可能性があるから、勝ち組、負け組の差は単なる程度問題ではなくて、決定的な質の差である。・・・マクロのゼロ成長経済というと何か動きの乏しい停滞した社会を想像しがちだが、ミクロでみれば実は大変に浮沈の多いかつ競争の激しい社会なのである。

----------------------------------------

「マクロのゼロ成長経済というと何か動きの乏しい停滞した社会を想像しがちだが、ミクロでみれば実は大変に浮沈の多いかつ競争の激しい社会」というのは重要な指摘だと思います。ゼロ成長経済でも、多くの家計が破綻せずに済んでいるのは、日本に膨大なストックがあるおかげで、国の信用力でお金を集めて(つまり、国債を発行して)、ばらまくことが可能であり、何とか経済を回すことができるからでしょう。個人レベルでも、親からの援助を受けて、辛くも家計の破綻を免れているという家庭の話を聞くこともあります。

「普通の生活をしているのに、家計が苦しい」という人は、社会の大きな動きを把握するのが苦手で(あるいは、そういう視点でものを考えたことすらない)、自分の身の回りの出来事を自分が都合のよい側面からのみ見ているのでしょうか?

日本政府の財政事情も大変厳しく、兄貴分であるアメリカも破綻寸前です。アメリカの銀行の破綻も依然高水準ですし、アメリカ国債のトリプルA格剥奪問題もくすぶっています(本当は、すぐに剥奪されてもおかしくないと思いますが)。

政府の下支えがなくなれば、マクロでの競争の激しさがさらに激増したゼロ成長社会になることでしょう。「そうなったときに、うさみみさんの友人を笑える人は少ないのではないか?」というのが私の懸念です。

平均という名の呪縛 その1

相互リンク先のうさみみさんのブログに、家計が破綻しかけている友人についての記事が掲載されていました。

株式投資というと、「一発大穴を当てて人生逆転だ!」というようなイメージを持っている人もいるようですが、木村剛氏の著作「投資戦略の発想法」によると、あくまでも家計防衛の手段に過ぎません。目的は、「どのような経済状況になろうとも、自分と家族の生活を守り抜くこと」です。一般に、経済はインフレ状態にあることが多いので、インフレに強い株式を持とうという結論になるわけです。

うさみみさんの友人は、ボーナスが出なくなって、家計が破綻しかけているそうですが、ボーナスがカットされようとも、職を失おうとも、自分と家族の生活を守り抜くように普段から家計を磐石の状態にしておく必要があるということでしょう。

うさみみさんも指摘されているのですが、興味深いのは、家計が破綻しているにもかかわらず、本人は贅沢している気はなく、普通の生活をしていると思っている点です。まだ、家計が破綻していなくても、経済状況が再び悪化したら、同じような状態になるという人も多そうです。

普通の生活をしているということは、言い換えると、平均的な生活をしているということです。これまた、うさみみさんも指摘されていますが、「平均」という概念は使い方を間違えると非常に恐ろしいもので、逆に、売り手は、平均という数字を上手く悪用してきます。

平均年齢20才という触れ込みの店に入ってみたら、80歳のおばあさんが、5歳の女の子を4人連れて現れた。平均というのは、それほど恐ろしい概念なわけです。

(続く)

女性と長期投資

カールバーグさんからトラックバックをいただきました。カールバーグさんがおっしゃるように、人生100年時代が近づいているのでしょうか?

ところで、一般的な傾向として、女性は投資に対してあまり興味がなく、子供が生まれたりすると、その傾向にさらに拍車がかかるようです。しかし、日本人女性の寿命は、予想よりはるかに延びていますので、むしろ、女性の方が長期投資について考える必要性が高いように思います。

ウェブ上に長生き確率表というサイトがありました。現在の年齢と性別を入力すると、○○才まで生きる確率が即座に分かるというサイトです。

老後が気になり始める夫50歳、妻45歳という設定(モデルケース)で長生きの確率について調べてみます。

妻が65歳までに死ぬ確率は5.2%、妻が100歳の誕生日を迎えることができる確率は6.2%です。後者の確率の方が高いんですね。
妻が90歳の誕生日を迎える確率は43.5%です。とても無視できる数字ではありません。
95歳でも生存確率は20%を超えています。

大げさではなく、100歳までの老後資金の手当ては自己責任といえるかもしれません。まさに、人生100年時代の到来です。

また、夫が75歳までに死ぬ確率は、27.5%です。上記モデルケースでは、その時点で、妻は70歳です。

従って、妻が夫に先立たれて20年以上一人暮らしをしなければならない確率(あるいは、一人で羽を伸ばせる確率)は、単純計算で12.0%(43.5%×27.5%)になります。

長生きの家系である、家族や自分自身がたばこを吸わない、母親が若いときの子供であるなど、長生きする要因が複数当てはまる人は、長生きリスクに晒される確率がさらに高くなるでしょう。

人々が結婚や出産を躊躇する理由、日本がデフレを脱却できない理由が、なんとなく分かりました。

生活防衛資産について

長期投資を指向している投資家の場合、資源への投資には消極的なのでしょうか?意見が分かれるところではありますが、個人的には、必ずしも資源への投資に消極的ではありません。

最近、個人的に、環境問題及び資源枯渇問題について考える時間が増えています。

理由は、
①COP15での各国のエゴ丸出しの態度を見て不安が増したから。ニュースを見る限りでは、テーマがエコなのか、エゴなのか、よく分かりませんでした。
②一年半ほど前でしたが、原油価格が高騰して大騒ぎになったことが忘れられない。あれが一過性の現象でなかったら、一体どうなっていたのかという疑問と不安が頭から離れません。
③新しい家に引っ越したので、これを機会に、我が家の石油依存度を今のうちから下げておきたいと思ったから。
④資源枯渇問題に技術革新で対処できるかどうか不明確だと思い直したから。自分の専門が特許なので、商売柄、「資源枯渇問題の解決において技術革新が果たす力を過小評価してはいかんよ。」と思っていましたが、必ずしも、個別の技術に関して精通しているわけではないので、この分野のことについて知識を深めていく必要があると考え直しました。

仮に、資源(特に、石油)が枯渇し、これまでの経済成長を維持できなくなった場合、スタグフレーションになると思われますが、このリスクに対してどのように対処すべきなのでしょうか?

このブログでは、木村剛氏の著作「投資戦略の発想法」に基づいて、
段階①-生活防衛資金を貯める
段階②-投資を始める
という二段階を踏んで、投資戦略を進めていますが、資源への投資というのは、段階②ではなく、段階①の問題と考えることはできるのでしょうか?生活防衛資金というのは、失業や病気、突発的なトラブルに巻き込まれた事態に対処するための資金ですが、もしそうであるとするなら、エネルギー危機が起きたときなどのために備える生活防衛資産(生活防衛の妨げになる資産の売却を含む。)というものも考えておくべきなのかもしれません。

もちろん、必ずしもエネルギー危機によるスタグフレーションが来ると考えているわけではありませんが、段階①の問題として考えて予め対処しておくことは必要なのかもしれません。もっとも具体的にどうするかという問題がありますし、そもそも、個人の小手先の対処で乗り切れる問題なのか定かではありませんが・・・。

節約する 車を売る その13-車を手放しました

相互リンク先では、梅屋敷商店街のランダムウォーカーの水瀬さんは車を持っていないそうです。空色さんやスマイリーさんも、車を持っていないと聞いています。都市部に住んでいる場合、車は生活必需品ではないということでしょう。

私自身も、遂に、車を手放すことにしました。廃車にするのは忍びないので、当面、親の家(私が以前に住んでいた家)に置いておくことにしました。これで、自宅には車がなくなり、普段の生活での移動は自転車・徒歩と電車によることになります。車を売却しないので、節約効果は少ないですが、目的は車に依存しない生活の確立であるため、節約効果が少ないことは気にしていません。

車を手放すことに抵抗を感じる人は多いと思いますし、車なしでは生活できないと勘違いしている人も少なくないと思われますが、既に、都市部では、車は便利な移動手段ではなくなっています。日本は平地面積が非常に小さいために、片側一車線の道路が多く、そのため、渋滞が起こりやすく、一旦、渋滞に巻き込まれると、抜け出せないからです。先日、都区内から松戸市まで約30km強を移動したときに、約1時間45分かかったため、エネルギーと時間の無駄だと強く思い、嫁の了承をとった上で、車を手放すことにしました。車の運転は好きですが、国道沿線の風景も画一化されていますし、渋滞でイライラするだけなので、車で出かけたいという気持ちがめっきり衰えてしまいました。

我が家でモーダルシフトを行った最も大きな理由は、いずれ原油が足りなくなる可能性が高いからです。極端なケースで、原油が配給制になった場合でも、freedom of mobilityを確保できるようにしておくことが究極の目標です。

国や都には、自動車道の整備ではなく、環七や環八沿いの鉄道敷設などを行ってほしいです。

車を手放すことによって浮いたお金は、太陽光発電パネルの購入に回そうと考えています。原油と灯油が少なくなっても、生活の質を全く落とさないように布石を打っておくというのが我が家の経営判断です。現時点では、デメリットはほとんどないと判断しました。

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